李良枝的作品

李良枝

李良枝(イ・ヤンジ) 作家。1955年3月15日、山梨県南都留郡西桂町に生まれる。父親は40年に済州島から日本へ渡ってきた。64年、9歳の時に帰化し、田中淑枝が本名となる。高校生の時に日本舞踊と琴を習う。75年、早稲田大学社会科学部に入学、この頃から韓国語を学習し、伽倻琴と韓国舞踊を習い始める。早稲田大学を中退した後、荒川区のサンダル工場で働く。80年、初めてソウルに行き、巫俗舞踊を見て衝撃を受け、習い始める。81年、ソウル大学国語国文科入学。ソウルで知り合った中上健次に小説を書くことを勧められ、82年、「ナビ・タリョン」を『群像』に発表、芥川賞候補に。84年、「刻」を『群像』に発表、芥川賞候補。88年、ソウル大学を卒業。89年、「由熙」で芥川賞受賞。同年3月、梨花女子大学舞踊学科大学院修士課程入学。91年、大学に通いながら「石の聲」の執筆を始める。92年、日本へ戻り「石の聲」の執筆に専念する。5月22日、急性心筋炎のため死去。享年37。2000年、山梨県立文学館の常設展示室に李良枝コーナーが設置される。著書『由熙/ナビ・タリョン』(講談社文芸文庫)、『ことばの杖 李良枝エッセイ集』(新泉社)など。小説は韓国語、ドイツ語、中国語(繁体字)でも翻訳刊行され、英語版も2022年12月に刊行予定。

李良枝

李良枝(イ・ヤンジ) 作家。1955年3月15日、山梨県南都留郡西桂町に生まれる。父親は40年に済州島から日本へ渡ってきた。64年、9歳の時に帰化し、田中淑枝が本名となる。高校生の時に日本舞踊と琴を習う。75年、早稲田大学社会科学部に入学、この頃から韓国語を学習し、伽倻琴と韓国舞踊を習い始める。早稲田大学を中退した後、荒川区のサンダル工場で働く。80年、初めてソウルに行き、巫俗舞踊を見て衝撃を受け、習い始める。81年、ソウル大学国語国文科入学。ソウルで知り合った中上健次に小説を書くことを勧められ、82年、「ナビ・タリョン」を『群像』に発表、芥川賞候補に。84年、「刻」を『群像』に発表、芥川賞候補。88年、ソウル大学を卒業。89年、「由熙」で芥川賞受賞。同年3月、梨花女子大学舞踊学科大学院修士課程入学。91年、大学に通いながら「石の聲」の執筆を始める。92年、日本へ戻り「石の聲」の執筆に専念する。5月22日、急性心筋炎のため死去。享年37。2000年、山梨県立文学館の常設展示室に李良枝コーナーが設置される。著書『由熙/ナビ・タリョン』(講談社文芸文庫)、『ことばの杖 李良枝エッセイ集』(新泉社)など。小説は韓国語、ドイツ語、中国語(繁体字)でも翻訳刊行され、英語版も2022年12月に刊行予定。