超越民族与历史

(日)小森阳一, (日)高桥哲哉

出版时间

2017-01-01

ISBN

9787305166594

评分

★★★★★
书籍介绍
这本书最尖锐之处,不在抽象地谴责日本民族主义,而在逼问一个具体困境:当亚洲受害者追究战争责任时,若日本人拒绝承认'本国'的过去,该如何回应?书中多位日本左翼学者给出的答案触及记忆的政治——战后教育通过将战争'抹去'、将死者之声'抹杀',完成了对历史的系统性清除,而新的民族主义正是建立在这种抹杀之上。它提醒读者:历史从来不是抽象的'国民史',而是由无数个人身体里鲜活而痛楚的记忆拼成;一旦用'善恶''对错'的标签笼统覆盖,个体的痛便消失了。适合那些不满足于'日本右倾'的标签化判断、想看清记忆如何被现实需要所塑造的人。
作者简介
小森阳一,东京大学教授,主要研究方向为日本近代文学,著作有《作为事件的阅读》《重读漱石》。高桥哲哉,东京大学教授,主要研究方向为哲学,著作有《记忆伦理学》《德里达》等。
AI导读
核心看点
  • 批判日本战后新民族主义与右翼历史观
  • 多视角审视战争责任与历史记忆重构
  • 反思国家叙事对个体历史记忆的抹杀
读者共识
  • 日本左翼学者直面历史罪责的勇气令人敬佩
  • 揭示了历史记忆如何被政治现实所形塑利用
  • 翻译偶有生硬,但批判力度与思想冲击力强
精彩摘录
  • "歴史の本質が死者の記憶にあるとするならば、死者の抹殺を企てる新しいナショナリズムの語りは、歴史それ自体の否定を意味していると言えよう。"
  • "歴史とは抽象化された「国民の歴史」である前に、何よりも具体的な「個人の歴史」であるからである。"
  • "戦争を過ぎ去った事柄として消去し死者の声を抹消するという離れ業を通して、戦後の教育は平和と民主主義の教育への速やかな移行を実現したのである。もちろん、一人ひとりの身体には煩悶と慟哭を伴う生々しい戦争の記憶が逡巡していたのだが、少なくとも学校教育で教えられる公定の歴史においては、その身体の記憶は抹消され、祖国の再建へと明るく邁進する教育が施されたのである。"
  • "個から出発し、個人の歴史の複数性をあるがままに肯定する歴史認識の形成である。戦争の歴史のような近・現代史の教育においては、特にこの立場が堅持される必要がある。一人ひとりの身体の抱えている多様な戦争の記憶と歴史を多様なままであるがままに尊重し合うことが、歴史を語り伝承する教育の原則であろう。「善」とか「悪」とか「正しい」とか「過ち」というラベルで一括するのではなく、この日本の近現代を生きた一人ひとりの複数の歴史をそのまま「日本人の歴史」の事実として受容する教育が必要である。何を「善」と見るか、何を「悪」と見るか、何を「正しい」と見るか、何を「過ち」と見るかは、個人の思想信条の自由の問題である。"
  • "国家を単位として認識された戦争は「正義」や「自衛」という虚飾を帯びることも可能であるが、個人を単位とするならば、どのような戦争も国家という暴力装置によって遂行された侵略と殺戮でしかない。"
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