項羽と劉邦 第3巻
横山光輝
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『項羽と劉邦』は、横山光輝による歴史漫画である。 1987 年から 1992 年まで「コミックトム」(潮出版社)に連載された。サブタイトルは『若き獅子たち』(連載時のタイトル)。単行本は全 21 巻(文庫版は全 12 巻)が潮出版社から発売されている。
三国志 47巻
魏延が捕らえてきた孟獲を孔明は釈放する。陣へ戻った孟獲は、瀘水の対岸に一大防塞を築く。孔明は持久戦にもちこみ、南蛮軍の補給路を断った。慌てた孟獲は董茶奴をさしむけるが、董茶奴は孔明に命を救われた恩義を感じて戦わず、百杖の罰を受ける。これを見た頭目たちは孟獲に反発、董茶奴と示しあわせて孟獲を捕らえ、孔明に差しだした。
三国志 46巻
魏呉の攻撃を封じこめた蜀に一大事が起こった。南蛮王孟獲が十万の軍勢を率いて益州南方に迫ったのを機に、益州三郡が反蜀連合を組み、永昌に攻めかかってきた。これを見過ごせない孔明は自ら五十万の兵を率いて、南蛮討伐に向かった。巧妙な離間の策を用いて益州の乱を平定した孔明は、さらに南蛮の奥深く進軍し、孟獲との戦いに挑む。
三国志 45巻
呉に大敗を喫し、白帝城に逃げこんだ玄徳は、孔明に後事を託して没した。劉禅が皇帝の位につくと、魏の曹丕は五路から蜀攻めを企てる。孔明はすでに四路からの攻撃に手を打っており、劉禅を安心させる。残る一路、呉との国交回復の使者に抜擢されたトウ芝は、死も覚悟の上で呉へ赴く。孫権は鼎の中で油を煮えたぎらせ、使者の到着を待っていた。
三国志 44巻
亡き父の仇討ちに馳せ参じた関興と張苞の活躍により、蜀軍は連戦連勝を続けた。怒涛の勢いで迫ってくる蜀軍を前に、孫権は張飛の首を持って逃げこんだ二人の武将を送り返して、玄徳の怒りを抑える。玄徳は仇討ちをすべて果たした後も和睦に応じず、勝ちに乗じて呉を進撃した。孫権は呉の危急存亡に際し、陸遜を大都督に抜擢する。
三国志 43巻
玄徳は関羽を見殺しにした劉封と孟達に処分を下した。親友の彭義が謀反の罪で処刑されたことを知った孟達は、蜀を裏切り魏に走った。重臣達の画策により曹丕が魏皇帝に即位すると、漢朝再興を願う玄徳は蜀皇帝となり、魏に対抗。さらに玄徳は孔明の反対を押しきり、呉進攻を開始。だが行軍を続ける玄徳のもとに張飛の悲しい知らせが届く。
三国志 42巻
呉に荊州を落とされた関羽は、麦城へ逃れた。劉封と孟達は援軍を送らず、関羽を見捨てる。呂蒙の罠にかかった関羽は捕らえられ、最後の拠点・麦城も落とされた。玄徳はただちに出陣して関羽の仇討ちを果たそうとするが、孔明に諌められて思いとどまる。洛陽に凱旋した曹操は頭痛とめまいがひどくなり、天下の名医華佗の診察を受ける。
三国志 41巻
魏と呉は手を結び、蜀に一大勢力を築いた玄徳に対抗してきた。関羽は秋の長雨を利用し、襄江の堰を切って魏軍の樊城を落とした。この隙をねらった呉の呂蒙は、荊州攻めをかってでる。関羽の万全の備えに頭を抱える呂蒙に、無名の陸遜が関羽を油断させる策を進言する。陸口の司令官にその陸遜が就任、関羽は侮るが……。
三国志 40巻
陽平関で蜀軍に取り囲まれた曹操は窮地におちいるが、駆けつけた次男の曹彰に救われた。曹彰の登場によって逆に士気を高めた蜀軍は、魏軍を徹底的に追いつめていった。進退きわまった曹操は漢中撤退の時期を誤る。漢中平定にこぎつけた玄徳は漢中王を名乗り、諸将らを喜ばせた。これを黙視できない曹操は、呉の孫権に急接近する。
三国志 38巻
卜聖の予言を信じた曹操は、クーデター計画を未然に防いだ。蜀では、曹洪率いる魏軍が蜀への進攻を狙っていた。功名心にはやる張コウは、張飛の守る巴西へ出陣する。張飛は連日酒盛りを続け、張コウを油断させる。張飛の策にかかり張コウは惨敗、瓦口関へ逃げこんだ。瓦口関への正面攻撃をあきらめた張飛が思いついた策とは……。
三国志 37巻
曹操の漢中平定に脅威を感じた孔明は、荊州三郡返還と引きかえに、呉に合肥を攻めさせる。呉軍は逍遥津の合戦で惨敗したものの、百騎の奇襲戦で曹軍に打撃を与えた。だが魏と呉の総力戦は決着がつかず、孫権は和睦の使者を曹操に送った。都に帰った曹操は魏王と称し、魏王宮を建設。孫権が贈った蜜柑と共に、左慈と名乗る奇怪な老人が現れた。
三国志 36巻
玄徳の蜀平定により、魏・呉・蜀の三国が形成された。一向に荊州を返そうとしない玄徳に腹をたてた孫権は、孔明の兄・諸葛瑾を蜀にさし向けた。だが荊州を守る関羽に要求をかわされる。許都では帝の曹操討伐計画が発覚、皇后を処刑した曹操は、自分の娘を帝に押しつける。勢いにのって曹操は、蜀の扉・漢中攻略にのりだす。
三国志 35巻
玄徳は、敵の誘引の計にかかり危機におちいっていた。だが、張飛が運良く駆けつけ、玄徳を救い出した。孔明は名将・張任を金雁橋で討ち、要害・ラク城をついに落とす。降伏を拒否した劉璋は、漢中の張魯に援軍を乞う下策に出た。張魯は援軍の将に馬超を任命、曹操に敗れ漢中に身を寄せていた馬超が再び立ち上がった。
三国志 34巻
張松の玄徳宛ての密書が劉璋の手に渡った。玄徳は劉璋に命を狙われるが、これを逆手にとってフ城を奪る。劉璋は五万の兵をラク城に送った。戦いの最中、孔明から玄徳に忠告の手紙が届いた。孔明に信を置く玄徳の態度にホウ統は反発、積極策を進言する。玄徳軍は二手に分かれて進撃を開始。落鳳坡に向かったホウ統は……。
三国志 33巻
玄徳は帰国途中の蜀の使者・張松を歓待した。張松は西蜀四十一州図を玄徳に贈り、帰国後主君の劉璋に玄徳救援を説得する。張松の尽力によって蜀での建国を決意した玄徳は、遠征軍を率いて蜀に入る。臣下達は宴席で劉璋を討とうと謀るが、玄徳は決断をくだせない。そのうちに漢中の張魯が蜀を攻撃、玄徳は葭萌関へ出陣する。
三国志 32巻
馬超との戦いに曹操は手を焼いていた。曹操は夢梅老人に教えられた氷の一夜城を築き、西涼軍の度肝をぬく。猛将・許チョとの一騎討ちで、馬超の強さに恐れをなした曹操軍は、大軍で西涼軍を挟み撃ちにする。馬超と韓遂は和睦を申し入れるが、曹操はこれを利用して、離間の策をしかける。馬超に疑われた韓遂は身の危険を感じはじめる……。
三国志 31巻
西涼の馬騰を討った曹操は、南伐軍を起こした。父を失い、曹操への復讐に燃える馬超は、父の義兄弟・韓遂と共に挙兵した。長安城をあっけなく落とした西涼軍は、潼関へ救援にかけつけた曹洪をあざけりの策で破る。つづく曹操本隊との一戦でも西涼軍は圧倒的な強さを見せつけた。赤い戦袍を捨てて必死に逃げる曹操を、馬超が猛追する。
三国志 30巻
孫夫人を妻にした玄徳は、夫人を連れて帰国する。これを追った周瑜は、玄徳軍に罵倒され、血を吐いて倒れた。その頃、曹操は壮大な銅雀台を築いて、連日祝賀の大宴会を開いていた。だが玄徳が荊州を獲得したとの報に、急ぎ都へひき返す。一計を案じた周瑜は、荊州通過を要求。孔明は周瑜との決着をつけるべく、この要求を認める。
三国志 29巻
孫権は合肥城攻略に手を焼いていた。太史慈の奇策も失敗に終わり、呉軍は南徐まで敗退した。ジリ貧の呉は、劉琦の病死をきっかけに、荊州返還を玄徳に迫ってきた。孔明は一通の証書を書いて、魯粛を追い返した。これを知った周瑜は、孫権の妹との縁談を玄徳にもちかける。孔明は趙雲に三つの秘策を授け、玄徳を呉に送り出した。
三国志 27巻
赤壁の戦いに勝ち勢いにのる呉軍は、南郡攻略を開始した。周瑜は出陣を前に、玄徳のもとへ赴き、呉より先に南郡を取るなと釘を刺す。呉軍は夷陵城に閉じこめられた甘寧救出に向かい、曹軍に打撃を与える。曹軍の諸将は命からがら南城に逃げこんだ。南城を包囲され、切羽つまった曹仁は、曹操が万が一の時にと記した一巻の秘策の書を開く。
三国志 26巻
曹操の大艦隊に圧倒された周瑜は、戦旗が当たったことを口実に寝込んでしまう。周瑜の不安を察した孔明は、火計を用いるには東南の風が必要だと説く。孔明は祭壇にたち、風を祈る。東南の風を呼び起こした孔明は、周瑜のもとを去り、敗走してくる曹操を迎え討つ準備を整える。周瑜率いる呉軍は火攻めの計で、曹操に一大決戦を挑む。
三国志 25巻
周瑜を呉軍から骨抜きにしたい曹操は、周瑜の旧友・蒋幹を送りこんだ。しかし周瑜は、蒋幹を利用して、曹操に水軍提督・蔡瑁を殺させた。孔明がこの謀略を見抜いていることを知った周瑜は、孔明に十日で十万本の矢を作るよう無理難題を吹っかける。孔明は三日で“作る”と宣言し、ワラ人形を積んだ船を出して曹操の陣に夜襲をかけた。
三国志 24巻
曹操と孫権の開戦を望む孔明は、単身呉に赴いた。降伏を主張する呉の重臣たちを相手に、孔明は大論陣を張る。決断を迷う孫権は、水軍提督・周瑜にすべてを委ねる。周瑜のもとを訪れた孔明は、巧みな心理戦で周瑜を動かし、開戦へとこぎつける。孔明の慧眼と知慮に恐れを抱いた周瑜は、孔明殺害の機会をひそかに狙い始める。
三国志 23巻
私情にとらわれ荊州を奪えない玄徳は、新野を焼き払い、進撃してきた曹軍に多大な被害を与えながら逃げた。玄徳と孔明は、難民を連れて襄陽についたが、城内で同士討ちがおきたのを見て、江陵へ進路を変える。荊州城に入った曹操は、玄徳追撃を命じる。長坂で曹軍に追いつかれた玄徳軍に、趙雲が寝返ったとの報告が飛びこんでくる。
三国志 22巻
南方攻略の号令を下した曹操は、玄徳のいる新野へ十万の兵を向かわせた。初陣の指揮をとる孔明は、曹軍を博望坡で迎え撃つ。孔明は伏兵をしかけ曹軍を深入りさせ、大軍を火攻めにした。大勝をおさめた玄徳軍は喜びに湧き、孔明の才に懐疑的だった関羽や張飛も、孔明に心服する。だが今度は、曹操自ら五十万の大軍を率いて荊州に乗りこんできた。
三国志 21巻
玄徳軍の軍師に迎えられた単福は、攻撃してきた二万五千の曹仁軍を見事な戦略でたたき伏せた。曹操は、知恵者・徐庶が単福という偽名を使い、玄徳に仕えていることを知ると、彼の老母を捕らえて、徐庶を呼び寄せた。別れを惜しむ玄徳に、徐庶は「伏竜・鳳雛」の名を明かし、伏竜・諸葛亮孔明の居場所を教えた。玄徳はみたび孔明のもとを訪れる。
三国志 20巻
曹操は官渡の戦いで袁紹を滅ぼし、北方全土を制圧した。追われた玄徳は荊州の劉表のもとに身を寄せた。江夏の反乱を鎮圧した玄徳は、劉表の頼みで新野の守りにつく。後継ぎの阿斗も生まれ、玄徳は平和に暮らしていたが、劉表のお家騒動に巻き込まれる。豊年を祝う宴の会で命を狙われた玄徳は、凶馬に命運を託し、壇渓の激流に飛び込んだ。
三国志 19巻
五関を突破した関羽は、玄徳との再会を果たした。関羽は関平を養子にし、趙雲は念願かない玄徳に仕えることになった。一方、小覇王孫策の治める呉は目覚ましい躍進を遂げていた。孫策は曹操の裏工作を見抜き、袁紹との軍事同盟を考えて国外の憂いを取り除いた。しかし民に慕われていた于吉仙人を斬って以来、孫策は幻覚にとりつかれる。
三国志 18巻
曹操と袁紹の戦いが始まった。曹操はまき餌の策を使い、袁紹軍の指揮官文醜を深入りさせる。顔良に続き文醜を討った関羽は、曹操への義理を果たす。玄徳が袁紹のもとにいること知った関羽は、立ち去る準備を進める。だが曹操は避客牌をかけて、関羽にいとまごいをさせない。一日でも早く玄徳に会いたい関羽は、力づくで五関を突破する。
三国志 17巻
曹操毒殺計画が発覚した。曹操は計画に加担した一族郎党すべてを斬殺。徐州にいた玄徳にも兵をさし向ける。玄徳は袁紹を頼るが、袁紹は子どもの病気を理由に兵を出さない。張飛の提案した奇襲作戦も失敗し、玄徳は徐州を追われ流軍となる。ひとり下ヒを守りぬいていた関羽は、3つの条件を曹操に飲ませて軍門に降った。