三国志校诂
吴金华
评分 9.3分
三国志演义纵论
陈翔华
评分 0.0分
白话三国志(上中下)
陈寿
评分 8.4分
《白话三国志》(上中下)能让广大读者窥知三国正史的记载;也能帮助读《三国志》原书的人,作为文言对照之用,以增高阅读古书的能力;至于多数人读过《三国演义》,因而想参照一下正史如何记载的,这一部书可以给予相当满意的答案,这里有每一个三国重要人物的传,译成白话以后,有如三国人物故事。读了之后,更可以了解罗贯中如何据此穿插演义而成为精彩的小说了。
三国志全本今译注
评分 8.9分
《三国志全本今译注(套装全3册)》对陈寿《三国志》的全本65卷,进行白话的翻译和注释。其基本性质,是具有坚实学术基础的普及性读物。
今注本二十四史·三国志
杨耀坤
评分 7.3分
由四川大学历史文化学院中国古代史专业博士生导师杨耀坤教授校注的《今注本二十四史·三国志》,已于2012年1月由巴蜀书社出版发行。该书分装为十二册,118.6印张,长达341万字,堪称鸿篇巨制。 该书系由中华文化促进会主持编纂,国家“十一五”重点图书出版规划项目、国家财政部重大出版工程资助项目的最终成果《今注本二十四史》中的一种或一史。《今注本二十四史》1994年由文化部批准立项,许嘉璐任工作委员会
三国志演义(全三册)
罗贯中
三国志今注今译
苏渊雷
评分 8.6分
本书的撰写旨在帮助读者读懂《三国志》原文,注释和翻译一律使用现代汉语。 本书原文以中华书局标点本为准,段落、标点也基本上依照不变。但对“标本点”有明显错误的文字、标点,或径直改正,或在注释中略加说明。 为方便读者,本书将原文中的繁体字、异体字全部改为简化字。通假字则不改,只在注释中加以说明。 注释以卷为单位,卷内同一注目力避重复,但各卷之间不避重复,以免读者翻检之劳。
三国志
[晉] 陈寿 (撰), [宋] 裴松之 (注)
《三国志》(精)与《史记》、《汉书》、《后汉书》并称为“四史”。作者陈寿,以其史识及叙事能力,在当时已有“良史之才”的称誉。 《三国志》在二十四史中,有它自己的特点,它既不像《史记》那样的通史,也不像《汉书》一类史书那样的断代史,它平行地叙述东汉末年魏、蜀、吴三国鼎峙的史实。虽然名之为“志”,但是书里面只有纪和传,没有志。 本书是裴松之的注释本。从现代人的角度论,裴注不单单是陈书的助读 “功臣”,
白话三国志(全六册)
陈寿 (撰), 曹文柱/柯彦/建新 (主编)
评分 9.1分
三国志辞典
张舜徽
目录 题辞 前言 凡例 索引检字 词目索引 正文 附录:三国年表 三国世系表 三国时期全图(选自谭启骧主编《中国历史地图集》
三国志集解
卢弼
评分 9.7分
《三国志集解》由民国卢弼编纂,是目前关于《三国志》的最详细注本,为解决读者需求,中华书局根据1957年古籍出版社的排印本影印出版,于1982年12年印制第一版,印数仅数千册,仍难以购得,2006年4月,中华书局第二次印刷,印数约一万册。
三国志校笺
赵幼文, 陈寿
评分 9.5分
三國志02
橫山光輝
评分 8.1分
三國志01
评分 7.7分
(全60冊)透過筆鋒精彩、劇情曲折的大師級漫畫,讓您了解三國時代的風雲人物,如何運籌帷幄、決戰於千里之外!最具歷史價值的漫畫鉅作!
《三国演义》《三国志》对照本(上下)
罗贯中, 陈寿, 许盘清, 周文业
评分 9.2分
由于《三国演义》是基于史料加工而成的历史演义小说,所以一问世就有人研究它到底有几分真,三百多年来最权威的说法是章学诚的“七实三虚”,已被大部分学者接受。近年来,在虚实问题上,先後出版了盛巽昌的《三国演义》(补正本)和张国光的《三国演义》(文史对照插图本)。 最近终于将传记本的《三国志》改成编年史的《三国志》,并完成了《〈三国演义〉〈三国志〉对照本》。 该书的排版方式为:左边是《三国演义》,右边为裴
三国志 45巻
横山光輝
呉に大敗を喫し、白帝城に逃げこんだ玄徳は、孔明に後事を託して没した。劉禅が皇帝の位につくと、魏の曹丕は五路から蜀攻めを企てる。孔明はすでに四路からの攻撃に手を打っており、劉禅を安心させる。残る一路、呉との国交回復の使者に抜擢されたトウ芝は、死も覚悟の上で呉へ赴く。孫権は鼎の中で油を煮えたぎらせ、使者の到着を待っていた。
三国志 44巻
亡き父の仇討ちに馳せ参じた関興と張苞の活躍により、蜀軍は連戦連勝を続けた。怒涛の勢いで迫ってくる蜀軍を前に、孫権は張飛の首を持って逃げこんだ二人の武将を送り返して、玄徳の怒りを抑える。玄徳は仇討ちをすべて果たした後も和睦に応じず、勝ちに乗じて呉を進撃した。孫権は呉の危急存亡に際し、陸遜を大都督に抜擢する。
三国志 43巻
玄徳は関羽を見殺しにした劉封と孟達に処分を下した。親友の彭義が謀反の罪で処刑されたことを知った孟達は、蜀を裏切り魏に走った。重臣達の画策により曹丕が魏皇帝に即位すると、漢朝再興を願う玄徳は蜀皇帝となり、魏に対抗。さらに玄徳は孔明の反対を押しきり、呉進攻を開始。だが行軍を続ける玄徳のもとに張飛の悲しい知らせが届く。
三国志 42巻
呉に荊州を落とされた関羽は、麦城へ逃れた。劉封と孟達は援軍を送らず、関羽を見捨てる。呂蒙の罠にかかった関羽は捕らえられ、最後の拠点・麦城も落とされた。玄徳はただちに出陣して関羽の仇討ちを果たそうとするが、孔明に諌められて思いとどまる。洛陽に凱旋した曹操は頭痛とめまいがひどくなり、天下の名医華佗の診察を受ける。
三国志 41巻
魏と呉は手を結び、蜀に一大勢力を築いた玄徳に対抗してきた。関羽は秋の長雨を利用し、襄江の堰を切って魏軍の樊城を落とした。この隙をねらった呉の呂蒙は、荊州攻めをかってでる。関羽の万全の備えに頭を抱える呂蒙に、無名の陸遜が関羽を油断させる策を進言する。陸口の司令官にその陸遜が就任、関羽は侮るが……。
三国志 40巻
陽平関で蜀軍に取り囲まれた曹操は窮地におちいるが、駆けつけた次男の曹彰に救われた。曹彰の登場によって逆に士気を高めた蜀軍は、魏軍を徹底的に追いつめていった。進退きわまった曹操は漢中撤退の時期を誤る。漢中平定にこぎつけた玄徳は漢中王を名乗り、諸将らを喜ばせた。これを黙視できない曹操は、呉の孫権に急接近する。
三国志 38巻
卜聖の予言を信じた曹操は、クーデター計画を未然に防いだ。蜀では、曹洪率いる魏軍が蜀への進攻を狙っていた。功名心にはやる張コウは、張飛の守る巴西へ出陣する。張飛は連日酒盛りを続け、張コウを油断させる。張飛の策にかかり張コウは惨敗、瓦口関へ逃げこんだ。瓦口関への正面攻撃をあきらめた張飛が思いついた策とは……。
三国志 37巻
曹操の漢中平定に脅威を感じた孔明は、荊州三郡返還と引きかえに、呉に合肥を攻めさせる。呉軍は逍遥津の合戦で惨敗したものの、百騎の奇襲戦で曹軍に打撃を与えた。だが魏と呉の総力戦は決着がつかず、孫権は和睦の使者を曹操に送った。都に帰った曹操は魏王と称し、魏王宮を建設。孫権が贈った蜜柑と共に、左慈と名乗る奇怪な老人が現れた。
三国志 36巻
玄徳の蜀平定により、魏・呉・蜀の三国が形成された。一向に荊州を返そうとしない玄徳に腹をたてた孫権は、孔明の兄・諸葛瑾を蜀にさし向けた。だが荊州を守る関羽に要求をかわされる。許都では帝の曹操討伐計画が発覚、皇后を処刑した曹操は、自分の娘を帝に押しつける。勢いにのって曹操は、蜀の扉・漢中攻略にのりだす。
三国志 35巻
玄徳は、敵の誘引の計にかかり危機におちいっていた。だが、張飛が運良く駆けつけ、玄徳を救い出した。孔明は名将・張任を金雁橋で討ち、要害・ラク城をついに落とす。降伏を拒否した劉璋は、漢中の張魯に援軍を乞う下策に出た。張魯は援軍の将に馬超を任命、曹操に敗れ漢中に身を寄せていた馬超が再び立ち上がった。
三国志 34巻
張松の玄徳宛ての密書が劉璋の手に渡った。玄徳は劉璋に命を狙われるが、これを逆手にとってフ城を奪る。劉璋は五万の兵をラク城に送った。戦いの最中、孔明から玄徳に忠告の手紙が届いた。孔明に信を置く玄徳の態度にホウ統は反発、積極策を進言する。玄徳軍は二手に分かれて進撃を開始。落鳳坡に向かったホウ統は……。
三国志 33巻
玄徳は帰国途中の蜀の使者・張松を歓待した。張松は西蜀四十一州図を玄徳に贈り、帰国後主君の劉璋に玄徳救援を説得する。張松の尽力によって蜀での建国を決意した玄徳は、遠征軍を率いて蜀に入る。臣下達は宴席で劉璋を討とうと謀るが、玄徳は決断をくだせない。そのうちに漢中の張魯が蜀を攻撃、玄徳は葭萌関へ出陣する。
三国志 27巻
赤壁の戦いに勝ち勢いにのる呉軍は、南郡攻略を開始した。周瑜は出陣を前に、玄徳のもとへ赴き、呉より先に南郡を取るなと釘を刺す。呉軍は夷陵城に閉じこめられた甘寧救出に向かい、曹軍に打撃を与える。曹軍の諸将は命からがら南城に逃げこんだ。南城を包囲され、切羽つまった曹仁は、曹操が万が一の時にと記した一巻の秘策の書を開く。
三国志 26巻
曹操の大艦隊に圧倒された周瑜は、戦旗が当たったことを口実に寝込んでしまう。周瑜の不安を察した孔明は、火計を用いるには東南の風が必要だと説く。孔明は祭壇にたち、風を祈る。東南の風を呼び起こした孔明は、周瑜のもとを去り、敗走してくる曹操を迎え討つ準備を整える。周瑜率いる呉軍は火攻めの計で、曹操に一大決戦を挑む。
三国志 25巻
周瑜を呉軍から骨抜きにしたい曹操は、周瑜の旧友・蒋幹を送りこんだ。しかし周瑜は、蒋幹を利用して、曹操に水軍提督・蔡瑁を殺させた。孔明がこの謀略を見抜いていることを知った周瑜は、孔明に十日で十万本の矢を作るよう無理難題を吹っかける。孔明は三日で“作る”と宣言し、ワラ人形を積んだ船を出して曹操の陣に夜襲をかけた。